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Apr 22, 2018

GEEK

太郎です。

先生やってて特に苦手意識があったのが

理科の授業なんですが、、

tattooを入れたのは結構前だけど、

かっこいいなって、

アウトローな感じも、

ゴスだし、

皮膚がぷくっと腫れたあの浮きでた感じと、痛そうなフェチ的な感じかな〜。

五感がくすぐられたっていうのもあって、いてもたってもいられず、タトゥーショップに飛び込みました。

んで小学校の先生の仕事を続けてて、消した。

レーザーで消したのが5年前か〜。

すごい痛かったです。まあ。

右腕の肘あたり、花びらの和彫りで一周巻いて、気に入ってたんだけど、
なんで消したのか、最近になって腑に落ちたので、書きます。

さっき書いた、かっこよさとか、ゴスな感じとか、そういう自分の志向というか満足は満たされたんだけど、一つ足りないものがあったんだなっと。

最近、その"足りなかったもの"を表す良さげな言葉を見つけたのでうれしいです。

それは血が通ってるかどうかってこと。


心でそれを求めてるんだって思ったんです。

同じ言葉でも、
同じギターのフレーズでも
同じに見えるスタイルでも、

血が通ってるかどうかで、全く違う。

リアルかフェイクかの違いなのかと。

僕のあの時のtattooには血が通ってなかった。か、上手く通わせる血が足りなかったんだと思います。

街がそれを教えてくれたのかな〜って。変な言い方だけど。

街は、いろんな本物や、すてきなものや、リズムやパワーを知らせてくれるから。

フェイクの良さもあると思います。

でも圧倒的な本物を目の前にするとかすむ。

本物を手に入れたいと思います。

いろいろそれを見ることができたから、欲しいです。

それは、危険なチャレンジだと思います。

常にいつも風前のともしび?

少しでも、フェイクがあったら、嘘はつけず、僕に突きつけられるから。

誰かな?

自分の心が突きつけるのかな?

ヒントもあります。

変な依存をやめようとすること。

自分に嘘をつかないこと。

優しさも思いやりも、

リズムとか。

丁寧さも、シンプルさも。


血を通わせるために愛がいるんです。


イヤホンで聞く音楽も、いい場所で、
シンプルなリズムが聞こえてきたとき、今まで全然知ってたはずのシンプルな音が、自分のなかで腑に落ちて感動。

ありがとうございますって笑



理科が苦手でした。

参考書で、公式覚えたら、すぐじゃんつて。

これから、自分と子どもたちとで、その公式に血を通わせる授業をしていこうと思います。

もしかしたら、日本の小学校の先生がタトゥー入っててかっこいいときがくるかもしれない。

象徴的な意味のタトゥーかもしれません。

僕は愛があると信じてるので、リアルを手に入れたいです。








Feb 19, 2018

お酒やめてみた by Taro

お酒、やめてみました。

やめてみて、特に体調がどうとかはないけど、気持ちの調子はいい気がします。

時間が増えたというか、飲んだ後も体を動かすのがダルくなってたのが、そういうのは、あんまなくなったし、

強く感じたのが、日中に体がよく動くようになったと思います。

晩に飲んでないから、日中のしらふの状態がずーっと続いているから、一日中ずっと覚醒してる感じがしてます(笑)

たいそうな言い方だけど。

そういう流れで、晩、寝る寸前まである意味気持ちが張っているから、その状態に体が慣れてきて、結果的に日中に、仕事の決定や、行動のスピードが早くなってました。

僕は、これに一番びっくりしました。

まあそりゃあ、ハレの日というか、記念日とか二次会のパーティーの時は飲みますけど。

普段飲まなくなった分、ハレ感が増したというか、メリハリを感じるようになりました。

もちろん今でもお酒、おいしいなと思いますけどね。

アルコールが入って、トロンと気持ちよくなる感じは今でもよくわかります。

飲んだら、やっぱり自分の体の輪郭が、ほわんとぼやけて、美味しさと相まって、何だか自分だけの秘密のスペースの中にいる感じがして、その中では守られてる!って安心感と温度があって気持ちいいんだと思います、言葉にしたら。

でも、でもやっぱ、今は我慢のタイミングかなって思うんです。

アルコールの秘密の部屋に入ってくつろぐ前にやらないといけないことがたくさんあるから。

今は、“大人♪”になってアルコールのくつろぎを我慢して、秘密の部屋は今後にとっとこうかなって思ってます○

現実、酔っ払って朝が来て、日常の問題課題がなくなってるわけではまあ無いから。

朝から、日常にスムーズにアクセスできることを今は重要視したいと思います。

時間削減というやつかな。

よく何かのパーティーの様子の写真や、スナップとかで、お酒片手に楽しんでキラキラした感じをみて、いいな~楽しそうだな~僕もいきたいな~、なんてバカなこと、今でも思うけど、別に、アルコールが必要っていうかお酒が免罪符なわけでは、無いんだ。

お酒なくても、楽しんで入っっちゃっていいんだ。

お酒なくても夜飯おいしいし○

まあ、ワインと肉の相性とか、日本酒とお鮨の組合せとか聞いたらかっこいいなと思うけど、それは自分がもっと落ち着いてから、楽しむことにします。ノンアルコールビールでいいな。

それもおいしいよ○

カロリーゼロだし。

その分朝起きて、おいしいパンに、ジャムかマーガリンクリームをたっぷり塗って頬張り、コーヒー☕で流し込む。

それも幸せです。

あー、今日もガンバろってなる笑

お酒以外に、すき間をうめる秘密の部屋もあるしね。

よりヘルシーでお洒落な依存、

コーヒー☕ タバコ🚬 グルテン🍞 トレーニング 早起きしたときの朝日🌅とか 街の雑踏とか 自然とか 建築 アート 散歩 ファッション

お酒で、すき間をうめる伝統はずっと僕らに引き継がれてきたんだと思うけど。

ポジティブな要素もいっぱいあるけど、ダークな部分に引きずりこまれそうになるって、とこもやっぱりあると思うんです。

朝、起きて思う、昨日のあの夜の万能な感じはどこに行ったんだ?って。

僕らはすき間をうめてくれるものを“享受”してる。

享受ってのは「ただ受け取ること」と「恩恵をもらうこと」の中間みたいなもんかな。

今の僕にとっては、お酒は、すき間をいろいろ埋めすぎていたのかもしれないです。

僕の享受のきゃぱを越えていたのかも。

お酒の恩恵を受けすぎて、自分がクズって忘れるほど麻痺していたのかもしれない。

まあ、病んでいたらそれくらい麻痺してないと、毎日やってられないよっていうのもわかるけど、僕は、お酒のふわっとして大味なあまりあるほどの感覚の埋め方じゃなくて、目をトロンとさせずにクズを自覚しながら、他のものですき間をしばらくは埋めていこうと思います。

もしかしたら、多分、パーティーとかの写真のキラキラな人もお酒を“手に持ってるだけかも”、“酔ってるふりをしてるだけかも”。

お酒もそうだけど、今は僕らが享受してもいいものが、めちゃめちゃ増えてて多すぎる。

情報が多すぎて、疲れてますよね。

逆をいって、あんまり何も享受せずにいくのもありかなって。

自分の感覚を前の、すき間のあるすかすかにもどして、またコツコツと始めてみようかなって。

えらそうに、わかった顔しないで、いい感じの笑顔でいきたいな。

コーヒー淹れて、豆乳入れて、

パン🍞と一緒に流しこも。

たばこも吸おうかな。



Jan 17, 2018

おやっ? by Taro

おや?って思った。

初めてチックになりました。

左側の鼻の下が、ピクッ、ピクピクて動いて、あーって。

多分、何かあんのかな。

一瞬へこみましたが、まあいいや、がんばってる証拠じゃない?と棚上げ。

多分、今年一発目の棚上げです。

年末と年始に帰省して、いろんなモノもらったからな。

先生の仕事も始まって、だいたい笑顔で新年のあいさつ。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

だいたいみんな笑顔です。

そして、だけど笑顔からはみ出した気持ちもある感じ。

“笑顔でおめでとう”だけじゃない。

それが言葉でなく、視線や、しぐさ、リズムからメッセージ出てるよ。

でも、大丈夫。

悪いことじゃないです。

ありなメッセージ。

でも、それが“有る”ってことを認めないとしんどいよね。

高井さんによく言われる。“一般的にそれって病気?”

“一般的にそれって依存性?”

僕は考えちゃう。

“うーん、どうなんかな。白黒つかないグレーかな”

“病気といえばいえなくないけど、自分で持ち直すこともできる気もするしな”

でも、高井さん、納得しない笑

Yes or No  ぽんぽん投げてくる。

イエス、

それは、病気で依存性ということです。

でも

棚上げしていこうや。

がんばってる証拠だよ。

むしろ、グーっと考えてる内容より、イエス➡棚上げ➡展開、のリズムの方が、大切だ。

はい。僕も病気で依存性です。

そこを棚上げしていくわ。

そこから考えよう。

Happy new year っすね!!

今年もよろしくお願いします!

自分の血には逆らいません。

ありのままで、棚上げして、がんばります。

今はそのリズムが、町のリズムとも合うんじゃない?

クズな自分も棚上げして、サイコーな笑顔で、子どもたちとコミュニケーションとってるよ。

罪悪感なんてかけらもないです。

そこでのコミュニケーションの雰囲気やトーンや、印象、もっといえば質感や温度から、どんどん命題や課題やルールやマナーが生まれてくるから、それをしっかり見ています。

まあ別に先生じゃなくてもいいんですが、すごい苦手なところから、10年続けて、そんな気持ちで、毎日発見で、これからもっとな予感もあるので、今年もこのままやりたい。

ゴスです。

それは、血で逆らえない気がしてきました。。

イタくて、ズルくて、もろい。

根暗で、こそこそして、弱い。

棚上げしていくわ~

そこから自分磨きします。

磨きすぎで自分なくなっちゃうくらい。

あと境界もわかんなくなってきてるんで、そこも棚上げして“越える”ってことにします。


Dec 21, 2017

恋について by Taro

Geek でいろいろ書いてきて、最近のテーマが“五感”。

逆に言ったら、五感(もしくは第六感も入れて)について目を向けるようになったのは、偏った1つの感覚に頼りすぎるのはどうなの?って思ったのがきっかけ。  

偏った1つの感覚を発揮すること 二アリーイコール 集中 ともいえそうだけど、それがダラダラと長い時間が経ちすぎてしまったら、 二アリーイコール 依存、もしくは偏った権威への依存になってしまいそう。

だからこうやってgeek を書いて、心のダークなところやスキ間のこととか考えて表現しようとしても、いつのまにか、言葉至上主義に傾倒してしまっている自分の弱さがあったと思う。

具体的なマイブームは“目を閉じる”ことです。

僕はたぶん視覚情報の全体における重要度がすごく高いっぽいんで、その情報が多すぎたり、テンションさがるものだと、ものすごく気分に悪く影響するみたい。

我慢のできないクズ。

なので、そうなりそうなときにも、目を閉じると、フラットな体の感覚が取り戻せる感じをすごく実感してきて。

単発的な、瞑想みたいなもんすかね。

“美しいものを見る”ということも、そういう効果があるんでしょう。

何にしても、言葉にしても、視覚にしても、○○至上主義には気を付けたほうがいいな。

いきすぎたら、依存になり、さらに、○○権威主義になるから。(嫌)

○○権威主義への依存野郎にならないために、自分の五感をほどよく解放し、研ぎ澄まさせてあげること 二アリーイコール セラピー的なことがいると思う。

今の自分の現状で、ぱっと思いつくのは、チャンピオンの3XLのスエットのふわっと肌に当たる感じとか、気持ちいいソファとか、目を閉じて聞く音楽とか、都会の図書館の静かなスペースとか、、、お酒はやめとこ(笑)

がちのカウンセラーの所でももちろんいいと思います。

でも、自分が言葉至上主義だったらちょっとしんどいだろうな。

解決の糸口は、その権威の言葉の、他の感覚なのに、カウンセラーとの言葉に偏ったコミュニケーションにまずは頼っちゃうだろうから。

解決の糸口は言葉じゃないと思うわ。

絶対に、安易に権威に頼って、つむいだ言葉ではありえない。

幼児の砂場の実験みたいなもんっす。

2人の子どもに、砂場でお城をそれぞれに作らせたとき、ふたり話しながら、自身の城を作るより、喋らずだまって作った方が、より強力な友情が育つんだ、と書いてあるのを聞きましたが、そういうことじゃないか。

だまっていても、どこか身体の感覚でコミュニケーションをとっている。

文字通り、肌で感じる。

コミュニケーションの感覚が身体か肌のどっかに刷り込まれる。

深くhappyな刺青のように。

自身の感覚や直感に、注意深くいて、信じろってこと。

僕みたいなクズの考えは。

恋もそうなのかな。

リアルな恋心を、言葉で十全に説明できるわけないでしょ。

それよりも、相手の、僕の目に写る目だったり、声のトーンだったり、しぐさのリズムが、僕の肌の感覚に入ってくる。

それが、重要で真実です。

そんな恋心に権威が入る余地はない。

だから、そういう恋する気持ちを、自信でまず認めることが、自分にとってのセラピーになると思います。

もちろん!その感覚を安易に言葉や、なんやかやにして、無理やり伝えようとしたら、ストーカーになる可能性は、大いにありますよ。

でも、その感覚、直感が、大切で、自分にとってのサプリメントだし、自分の五感を解放させてくれるものなんだから、それを認めて、その上で冷静にアプローチを考えようよ。

したたかに恋の相手のことを考えていくことももちろんいる。

ぐちゃぐちゃ言う前にやれよ。

きっと恋する相手も、どこかで困ったり悩んだりしてるんだろうから、癒しになれるよう、がんばれ。

ハッピーで、ふわっとした感じをあげてください。

それは言葉じゃない。

言葉はもう溢れ過ぎてるし、それに疲れてるし、でも満たされないすき間があって、それをさらに言葉とか論理で、自分自身でつむぐのは、本当、消耗だから。

恋する相手に、違う感覚でセラピーしてあげてほしいっす。

犯罪はアウトだし、すぐは上手くいかないときもあるし。

楽じゃない。

素直に

好きな気持ちをがんばって

伝える

多少自分盛って(ほんとの恋ならあとからついてくる)

一番いい伝え方で伝える。

自分に嘘がつけないよ。恋は。

だから、偏りがちな自分を解放してくれる!

目を閉じて。感じて。

Good luck っす。





Oct 18, 2017

ありのまま by Taro

太郎です。

先月のが、参考になったと何人かの友だちや知り合いに言ってもらえて嬉しいです。

それで、よし!って思って書き出したんですが、上手くいかない(笑)

そう簡単じゃないか。




心の闇について考えたり、書いたりして、もちろん自分がリアルでありたいし、反対にエセだなという反省、失望もあります。



でも、迷子になっても、しょうもない権威に頼るのは何か嫌なんです。そこには、心暖まる物語がないからかな。





すごい不安ってあると思います。

だから、ものすごく直球にもしくは安易に安心を求めそうになると思います。

もちろん、その安易な安心はもろい。

一時的な安全って感じかな?

だから、より良い安心を見つめたい。







“ありのままの自分がいいんだよ”

この、使い古されて、

何の力もなさそうなフレーズが浮かびました。


だから僕は言ってみたいと思います。

ありのままの自分がいいんだよ。



力を込めて。



誰かが誰かに向かって言ったらいいんじゃないかな。

別に無視されてもいい。

しょうもないメッセージと無視できるってことは、まだマシなんじゃないかな。

でも、それを無視し切れない、そのメッセージによって、心暖まるスペースがあるように思えたです。


どこに?


リアルな世界かな。


本当に心暖まるのかな?


でもそれ以外のフレーズが思い浮かばないや。


だからすいません。決めてください。


心が暖まるかどうか。


もう決まってるくないすか。




判断するのは、言葉でも知性でもなく心なんだから。

Don't think
Just feel








余談です。

よく子どもに“考えろ”と言う先生がいますが

それは無理です。

子どもはそんなに論理的ではない。

だから教師は考えてほしいなら、考える時にはどうすればいいのか、
目をつぶればいいのか、背筋をのばせばいいのか、クラスメイトと話せばいいのか、競争すればいいのか、
丁寧に示すこと、
つまり子どもが己の五感と身体をどのようにその時使えば良いと思うのか、
示さないといけないんです。

それが1つの方法でしょう。

でも、僕ら先生は今書いたこと、完ぺきにその都度示せないよ。

僕らの発する言葉の先から、いろいろこぼれ落ちてるんだから。

言葉は言葉でいいけど、すでにそれ以外のことを、
我々は共有して、感じているんだから。

だから、子どもにも言います。

Don't think Just feel !
その心で感じた事を、がんばって善いように表現できるようになろうぜ!








脱線しました。

ありのままの自分がいい

甘えじゃないです。

充分がんばってます。

もっといっぱい話そう。

せわしくなったら目をつぶろう。

感動の伝え方をアップデートしよう。

心を信じよう。

そこから始めよう。


手前味噌ですみません。

12月に、los angeles Live します。

場所は、お世話になっている アメリカ村 ニューグランジで。

もちろん、ゲリラゴリラも来てくれます。

轟音ですが、ワビサビ効かせます。

みなさん、忙しい12月かとは思うけど、是非 聞きに遊びに来てください。

またlos angeles のインスタでも詳しく告知します。


We ll  get  it.



Sep 16, 2017

ひとりぼっちについて by Taro

太郎です。

涼しくて、3LのチャンピオンのBLKスエットを調子よく着てます。

普段は職業柄、白シャツやまあまあキチっとしたものを好きで着てるので、
フワっとゆとりのある服の中で
自分の体が何か包まれていて、
ふわっと自由に動く感じがすごく気持ちいいです。

それだけでハッピーになります。

最近、かなりのオーバーサイズがじわじわと街でもいい感じだなって、僕も思います。

しばらくインテリ、きちっと系が多かったから急にはオーバーサイズが都会的、って感じにくい気もするけど
ちょっときちっと系が窮屈になってきたというか、
ふわっとさせたくなってきたんかな?都会の男性は笑

そういう気持ちや、からだの感覚、もっと大げさにいったら皮膚感覚は、都会にいるからならではかと思います。

今ぼく自身は、大阪のなんばの真ん中に住んで、大阪市郊外の小学校で働いて
帰路につき、なんばに戻ってきたらホッとします。

家のすぐ近くの心斎橋は、大きいホテルも小さいホテルも多くて、
いろんな人がうつろう感じが
すごく心地いいです。

僕の地元は広島の田舎の方なので、都会の冷たさもよくわかりますが
今は、今の方がいいな~。

1つに、都会は
自分の孤独も受け入れて、受け入れざるをえなくて
その上で、しっかりと前を向いて歩いている人が多いから好きなんだと思います。

いろんな人がいるし。

いろんなメディアでパッケージされた、都会のきらきらした感じから、こぼれ落ちた虚しさや、無力感のようなものを、
自分の皮膚感覚で受け入れてるっていったら大げさっすかね。

でも何だかそんな気がします。

孤独な上で、前を向いて歩いている気がしますし
僕もそういう人でありたいとも思っています。

孤独って、惨めにも思えます。

その惨めさって、きっと自分自身にしか感じられない。

自分にしか感じられない孤独が、自分のからだで感じられる。

ほんとに!ひとりぼっちで、さみしいし、
でも誰かに助けを呼ぶこともできないんだとも、思います。

助けを上手く呼ぶための、効果的な
ことばや表現方法をもてないものが 
孤独なんだと思います。

僕も孤独を受け入れる人でありたいと
思います。

なんでかというと
ひとりぼっちの孤独を癒やすのは、

だれか別のひとりぼっちの人間の、勇気と告白だと思えるからです。
 
そうなったときに友だちができるとも思います。

そうなったら必要のない言葉はいらないと思います。

ひとりぼっちのソウルで繋がっているから。

ひとりぼっちの人へ
えらそうだったらごめんなさい。

ひとりぼっちが、ひとりでしがみついて
少しでも安心できるものはあると思います。

1つは物語があります。

物語は自分にあこがれをくれます。

1つに時間があります。

時間は自分に、忍耐と
我慢故の達成感を与えてくれます。

1つにトレーニングがあります。

瞑想もそうですか?

他にもあるでしょ☆

がんばろう☆






Aug 17, 2017

勇気 by Taro

こんにちは、独りっ子の太郎です。

暑いし、ソウルも燃えていて、ダブルで熱くて、てんやわんやです。

冬だと寒くて、バランスいいわ。








夏休みの小学校。

暑い日差しや、海、夜や、ビアガーデン、プールなど、ポップな刺激いっぱいで、能天気に楽しむ感じがいいですよね。

夏休みも、たくさんの子どもが朝からプールに来る。

そこで、子どもたちと、めいっぱい遊ぶのは、けっこう最高です。

今の僕は、独りっ子で、B型で、心の闇のゴス、さらに、獅子座で、love 担当でもありますので、
学校で、子どもと、すごく仲良くなります。

普通に子ども大好き。(告白済みだけど、教師になりたてのときは、逆だった。)

毎日、子どもと関わって、10年見続けて、いっちょまえに時代の変化を感じてます。子どもを通して時代を10年見れて、財産です。







最近、ひねくれ者がいなくなりました。もしくは、ひねくれた感情がすごく見えにくくなりました。

画一化は、確実に進んでるでしょ。

周りに流されずに。自分は、別のやり方で。という、モチベーションは全くない。すごく、すごく同調。同調。

空気読む、読まないとかでなく、120%空気読んで同調して当たり前なんだ。

そういう雰囲気が充満してるっす。

前のgeek でも書いた、自身の恐怖心が故に権威に全力で頼る、というミニチュア版が、そこにあり、すごい息苦しいっす。

大人が出すムードを、子どもが皮膚感覚で吸収してるんでしょう。現代の一つの側面だと思います。

クイズを出したら、解答はだだ被りです。
はい!という返事と、スリッパの向きを揃えることと、背筋をピンとすることだけが、先生に誉められるためのアピールっていう状況がけっこうあります。
パッケージングされてます、されまくってます。しょうもなさすぎるパッケージング。

と、悲観をするけど、。

もう、悲観だけは飽きました。






一歩ふみ出そう。





息苦しさを少しでも風通し良くするためには、子どもたちに、勇気を伝えることだと思います。


勇気を出そうや。


それは、
 強さ
 思いやり
 敬意 優しさ 笑顔
 孤独 痛々しさ? 
 自分にとっての正義
 やり切る力


勇気は、 皆で出すものではなく、一人で出すものじゃん。


やり切る力って、パッケージングをやり切る力。表現し切る力。正義感の自己満足でなく、周りを幸せにする力。


甘えない。 付け足さない。 誤解されても責任をもつ。


何ていうか、デザインし切るってことじゃないでしょうか。



だから

勇気≒デザイン

とも言えるかも。



でも、厳しい今の世の常、グッドデザインとバッドデザインがあるから。


自分が振り絞った勇気を、グッドデザインに昇華させないと。


全部は無理だから、ジャンルを絞って、プロになって、覚悟と責任を抱いてデザインし切れるように。伝え切れるように。大人が!


だから、子どもには、一歩踏み出して新しい世界に飛び込む感覚を、いろんなやり方で教えないといけない。

もちろん!失敗する。

でもそれでいいじゃん。

失敗をさせてあげること。
権威でなく、愛をもって、子どもを一歩踏み出させ続けること。

子ども時代は、自分がどのプロになるかを決める猶予期間であるべきなんだから。


僕は、そう考えます。



勇気を
出したり、受け取ったり、伝え合ったりしよう。




一歩ふみ出せ!




Jul 15, 2017

love and 感謝 by Taro

助けてほしいんです。

誰か

助けてもらえませんか。

自分のだめな所、いっぱいあります。

それは、ルーズな所、

アルコールに依存している所、

びびってるのを欺くために権威を誇示しようとする所、

逃げる所、

イキ切れない所、

コミュ障

それから、がんばって、抗って、イキ切ることが出来るようになってきました。

頭と体と心を発揮して、欲しいものをてにいれました。

希望、

感性、

恋、

仲間、

バキバキの腹筋、

ワクワクする音楽、

心で感じるピュアな敬意、をです。

これまで、何であんなに傲慢だったのかな。いろいろなもの、人の心、時間、金も無駄遣いしたな。

感謝の気持ちについて、少しずつわかってきた気がします。

今まで、

感謝の気持ちをもて

といくら言われても、例えば親に。

全っっったく響かなかったです。

ほぼ1ミリも、その気持ち、わきませんでした。

何ソレ?親に感謝?どういうこと?

笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑

愛を知ったからかな。

わかってきたよ。

愛情とは、愛を伝えること。

愛を抱くことでは、ない。

愛はコミュニケーション。

メッセージ。

「愛してる」と言うこと、が、愛です。

感謝もそうなんだ。

メッセージでなければ、メッセージにならなければ、

その感謝はゼロ0。

よく親に言われて傷ついてた。

お前は感謝の心のカケラもないひどい人間だ

一人っ子だったからかな笑

恥ずかしくて、伝えられなかった。

“伝える”
ことが、わからなかった。

今は、

LINEしてますよ。

社交辞令の礼も言う、

写真も送る、

ありがとう、と言って、その、漂う社交辞令の雰囲気に、その雰囲気と、僕のソウルがズレてる感じがやっぱり少し恥ずかしいけど、
ま、いいかと思えるようになったよ。

んで、まあ送る、

親は言っています。

太郎は変わった、と。

僕のソウルは変わってないけど。。

まあいいか。

感謝を伝えるのって

言葉でなくてもいいですよね。

どんな表現でも、プレゼントでもいい、花でも、札束でもいいかもしれない。

写真でも、スタンプでも、音楽でも○○○でもいいと思います。

いろいろあるんですよね。

感謝の伝え方だってセンスがあるみたいだから、上手い・下手が。

もっと上手くならないといけないぜ。

感謝のない世の中。

周りをみれば、権威、

恐怖や嘘のサディズム、

頭に浮かぶのは、有利なのかどうか。

もし、振り切れて、生き切ることができていても、自分の殻に閉じこもったままってこともよくある。

多くのにんげんが、びびって、自分を慰めて、自慰行為をこっそりしてるのを隠すために、コミュニケーションとなれば、権威にすぐ頼るところ、あるくないかな。

それは、安易すぎる気がする。

センスないパターンが多い気がする。

どんなに生き切れても、振り切れても、今の自分のセンスには、限界があるし、どこかで思ってんだよ。

自分を受け入れて欲しいと、他者に。

だから、助けてほしい!

誰か、、

助けて!!!

そこにいるあなた!

私の話を聞いてください、
いいアイデアが浮かんだんです、
伝わりやすいように話す順番など工夫します、
耳をかしてくれてありがとう、
全て共有したいけどそれがムリなのもわかってる、
ズレはあるから、
それをケミストリーに変えていこうぜ、俺もできることはやるよ、
僕の心のなかにいてくれてありがとう、
あなたがいてくれてありがとう、
助けてくれてありがとう、

Happy End のために輝こうな。



Jun 15, 2017

愛 by Taro

こんにちは。太郎です。

外食で寿司って、あんまり気分じゃないです。



僕が毎回、心の闇について書いてます。

なんでいつもネガティブなことも書いてるかというと、今のポップな、とかくはっきりとした環境で、 ダークな ひっそりとしたことを言葉にするのは、大切かなって思ってるからです。


だけど、そうして、言葉にしてきて、頭に浮かんだものが
愛。


心の闇ギークの僕が、愛について話したいと思います。





いつも満たされない何かがあるんだと思います。

それにフタをして誤魔化そうとしても、

その場ではうまく誤魔化せても、また出てくる。

さみしさ、 不安、 劣等感、 疎外感、 、、、



のんでも、

お洒落な店で友達と盛り上がっても、

話題のディナーを楽しんでも、

仕事が充実していても、、


いつしか
あいていた穴、 喪失感、 視線が怖くてたまらない。

無条件にハグしてほしい。





無条件に肯定してほしい。

自分の悪いところや、足りないところばかり目につく。

少しでも自分がずれていたら、悲しくて、逃げる。



言葉で、怒りで、暴力で、権力で、 誤魔化す。

何を着ても、どんな店に出向いても、心はうすら寒いです。





だからアートがある、 ロックがある。 文学がある。


でも、思うのは、
愛があったら、 他には何もいらないんじゃないのか。



そこにある愛。  それと、

それを、うまく表現して伝えることができたら。

必要なものは、他にはある?


no


だから僕は幸せです。

それに気づけたし、それを気づかせてくれる人がいるから。

愛がそこにあれば、

すぐに酔いがまわる笑


何を食べても おいしい。


何を見ても楽しい。



お洒落が楽しい。

でも、ダサいのも一緒に笑い合える。


そりゃあ、ガレージ39であの娘と飲むビールは最高。

でも今は、



あなたとみんなで

回転ずしでおなかいっぱい食べたい。

って感じるんです。

僕にとっては、それが愛



永遠に輝かせたい!

それを気づかせてくれたあなたへ。

Thank  you





May 14, 2017

素敵なもの by Taro

太郎です。心の闇についてです。

Geek を書いていて、社会はとても厳しいというか、悲しさがたくさんあるというか、書いていて、自分にこんなにネガティブな要素があったのかと、自分で驚くくらいです。

でもまあ、全部本音を書いてるし、やっぱり悲しく悲惨な部分も多くあるという所は、読んでくれている皆さんにも共有できるものなんじゃないかと、ぼくは感じています。

だから、これを読んで共感してもらえたら嬉しいし、また、ネガティブなだけでは格好わるいので、そこをちゃんと考えた上で前向きになれるもの、素敵なものを探しています。

しし座B型一人っ子、ですが、諦め悪いので。。。。

仕事の話ですが、学校に10年くらい勤めていると、つくづく権威ということについて考えさせられます。

皆さんは、権威についてどういう印象を持っていますか?(権威ってすごい漢字ですね。。)

ぼくは嫌いです。なんでかな?一人っ子だから笑

でも、ただ権威を嫌って反骨精神丸出しって何かダサいなって思ってきました。

やたら田舎を感じて気まずくなるから。

もちろん、明らか時代遅れな変な権威を振りかざす権力者かぶれは、吐き気がするほど大嫌いです。

(小学校ではそのテの権威には事欠きません。)

大人が正しくて子どもを変に、下にみる見方もすごくあるし、
自分の教え方を省みず、ゆっくりな子どもね理解を否定する人も多い、
個人のつらさより、集団の利益に重きを置いているんだなと感じる場面も多い、
道徳を強制するけど、その道徳哲学はほとんど全てマジョリティの考え方で、マイノリティの考えを想像しようとはしない、
等々。

嫌ですー

そう感じているのではないでしょうか、多くの人が。

その点、敬意は、ピュアで輝いていていいですよね。

子どもがいい笑顔で喜んでいる姿や、こちらに信頼を寄せているが故の連帯感や、表情・目線・ハグやハイタッチで伝わる暖かさなど… そういうものを大切にしてたら、子どもはこちらのfun になってくれたりします。

だから、とっても幸せを感じて、敬意っていいものだと思います。

でも、

ただ敬意だけだと、、、、

無力ですよね。。。。

どんなに幸せを感じていても、吐き気のする権威を振りかざされたり、しょうもないマウンティングに振り回されたりしたら、傷つくし、ああやっぱり無力なんだと思い、さらに傷つく……というスパイラルに。

結構、ありますからね。

自分と子どもが楽しくしているところに、邪魔をしたり、揚げ足とりな指導をする人。

子ども集団の前で、いない人の悪口を広めて、攻撃をしかける人。

いる!いる!いるよ。

あなたの回りにもいますよ。

変なマウンティングや、キモい権力主義者、心の闇があるよ!!

それに100%解決できる対応策かどうかはわからないけれど、敬意のともなった権威をつくるべきなんだと思う。

キモい権威の大モトは[恐怖]だから、敬意のともなった権威の大モトは[憧れ]だと思います。

憧れとは、言い替えたら、見てる人聞いてる人、受け手がうっとりする[優しい物語]とでも言えましょうか。

それを少しでも、誰かと誰かで共有できて、敬意が生まれたら、それを表に出す。

アンダーグラウンドからオーバーグラウンドに!
オルタナティブからメインストリームに!!

大袈裟にきこえるけど、[物語]のモトは、絶対に私達の奥の奥の奥のコアな、とってもプライベートな部分からきているはずだから。
アンダーグラウンドと言って差し支えないはず!

それを表に出して、メインストリームで提示して話し合って展開させ、権威まで仕上げていける?

そのためには、すごいセンスと、勇気と行動力、したたかさと、反骨精神が必要だ!たぶん、いや、絶対しんどい笑

でも、心の闇がいっぱい、つらさ・悲しさ・病みがある。私達のまわり、狂ってる。

それにちゃんと向き合って、前向きになるには、どこかで、普通に真っ当・カタギなマインドから離れないといけないのではないかと思います。

カタギの反対?

やくざ?

無法者?

ならず者?

その考え方を、自分の中に孕みながら、どこまでも合法的に行動し、敬意のともなった権威をつくる。
 
仕事でお洒落して真剣に120%働いて素敵な笑顔で手も汚す。しょうもない権威と戦わないといけないので!

それが、素敵なのではないかと思っています。

Apr 13, 2017

リーダーシップ by Taro

こんにちは!

マンキーこと、太郎です。

先日、高井さんが書いてくれたように、ロサンゼルスの一員として頑張ることにさせていただきました。

初心者、下手ですが、真面目にがんばっていきたいと思います。



さて、geek での自分は、goth 的、心の闇的な視点でみた、教育についてなので。。。

先月は、今の教師はサディストが多い。そのメンタルのおおもとは恐怖心だ、ということを書きました。

僕はインチキサディスト教師にはなりたくありません。

だから、サディズム以外のリーダーシップについて書きます。



時代は進み、世の中は変わる。

それを言い換えると、人と人のすき間や孤独感を新しいメディアが、新しい距離感で埋めていっている、ということだと思います。

どんどんすき間が埋められて、変換されていっている。

そのスピードが速すぎて、
恐怖心があちこちから出てきて、人はとても簡単にコントロールされているようにも見える。


でも、すき間がある。  言葉を介しても、ネットを介しても、本を介しても、snsでも。 

恐怖心に囚われていてはなかなか見えないけど、すき間は全然あります。

時間の中にだってあると思うんです。

(自分は時間を有効に使えているんだろうか。)


すき間を気づかせてくれるもの、 それは例えば痛みや性を取り入れたファッション、 抽象画、 比喩、 
もっと言ったら、 詩、 リズム、 幾何学模様 

それは、その中にズレと化学反応を含んだものです。

ズレ つまりすき間のない物には、化学反応はないということ。


なぜ幾何学模様が人を惹き付けるのか。

それは物体の“動き”を見ている人が“単なる平面”の中に無意識に感じるからなのではないでしょうか。

物体の移動という二次元を、一次元の平面に感じる。 そのズレと反応、錯覚に惹き付けられうっとりするんだと思います。


リーダーシップに話を戻しましょう。

サディズムではないリーダーシップ、恐怖心から離れたリーダーシップとは、 自発的な、相手をうっとりさせるための試みではないかと思うんです。

いつもとは違うメディアの組み合わせで、メッセージを創り、伝えることを、リーダーとして、自分が自分からやってみることではないか。

文字や音や動作、リズムや表情、その他様々なものを自分なりに組み合わせる。

その創作がうまくいった時、相手は惹き付けられ、うっとりして、幸福な麻痺、幸福な錯覚が起こるんだと思います。

ささいなことでもいいと思う。 
自分の何かをかえてみること、気持ちや姿勢を整え笑顔で歩くこと、たまには手紙をだすこと、立ち止まって目をつむること、会って目を見て話すこと。
あきらめずに、新しい手段を探し 試し続けること。

あきらめないこと 他人を嫌いすぎないこと 別のすき間を探すこと。

それは自分が痛めつけられることを目指すマゾヒズムではなく 幸せな未来のために恐怖心や辛い麻痺、フラッシュバックや過剰反応をやり過ごし 前向きに生きていくことです。


だから 中途半端なサディズムの反対のものは  positive にいつづけることです。


いつづけることで時間も味方にできるかな笑





Apr 8, 2017

高井です。

サル君がやってきた。

サル君のバンド、サースティーが解散。

で、サル君から相談があるとLINE。

<また夫婦げんか?>

<違います。>

で、<LOS ANGELESにサイドギターで入りたい。>と

<俺はいいけど影のリーダーはカンちゃんなので聞いて。>と

カンちゃんも松野くんも快諾。

でLOS ANGELESに加入することになりました。

昨日も一緒に練習。

レコーディングまであと1週間。

今日と金曜日で仕上げないとダメ。

サル君てあだ名はLOS ANGELESっぽくないので

新しいニックネームは<モンキー君>

モンキー君んはもともとベースプレイヤー。

ギターは下手くそでした。

が、彼は影で努力する人。

昨日の練習ではかなり上手くなってました。

モンキー君、やっぱやる時はやります。

発音は、どっちか言うと マンキーに近い感じです。

目立ちがり屋なのに緊張症のマンキー君。

ビールを飲まないとLIVEできない可愛いところが可愛いです。

それを見に来るだけでも29日のLIVEに来る価値があります。

マンキー君のIQがあれば僕らも楽になるな。

僕は密かにマンキーマジックに期待しています。

マンキー君ゴスが好きって言ってる割に長澤まさみさんが大好きらしいです。

大嘘付きです。

今日は違うバージョンの長澤まさみさんをマンキー君に。



Mar 14, 2017

サディズム by Taro

こんにちは、一人っ子節操ない代表、心の闇担当の、さること太郎です。

村上春樹「騎士団長殺し」読んでます。

読んでいてとても怖いです。

部屋に一人で読んでいると、いつのまにか、部屋にだれかいてすごく自分が、みられているような気分になります。

それが、すごく恐いです。

たぶん本の中のことばとことばの組み合わせが読んでいる人の感性を、すごく揺さぶるんだと思います。

それですごく自分の感じ方が、研ぎ澄まされるような、そしてすごく無防備にさせられるような感覚になります。

あれ?って感じなんだけど、僕にとってそれは本当に恐怖だし、強烈な体験です。

今月も、教師や教育の話ですが、また暗い話ですが、心の闇担当なので☆

当事者の人も、もちろんいい所もあると思うんだけど。

つねに感じていることは、教師に差別主義者がとても多いということ。

そして、ほとんどの当事者がそれに対して無意識だということです。

もちろん僕もその一人なのでしょう。

年齢 学力 性別 見た目 地域 

そもそも、カリキュラムという制度自体が、子供に○○させる、という、上から目線で作られたもので、

現代に声高にいわれている、子供の主体的な創造性を育む教育とは、真逆のものだと思います。

ということは、我々は、上から目線の支配と子供の主体性の尊重という、全然相容れないものを、何とか成立させ、精度を上げて展開しないといけません。

このことは、やはりとても難しいです。

いくら、創造性を発揮させようとしても、はたから見ている大人からは、「それで学力は上がらない」「それは勉強じゃない」と心ないことを言われ、平気な振りをしますが、かなり傷付きます。

僕が傷付いていると、そばの子供たちも不安になってきて、ダメになっていったこともありました。

しかも、集団心理がすごく関係してくるので、本当に大変です。

だから自信がもてない。

自信がもてないと、怯えるようになります。教師、大人が。  

ここからどうなるか。

先生は怯えている。

自信をもてない。

でも年功序列、大人支配主義者、そして自分は「教師」だから子供に弱味は見せられない。

どうしていくのか、というと多くの場合先生はサディストになるんだと思います。

または、サディズムとリーダーシップをはき違えます。

ある特定の誰か(大人でも、子供でも)を必要以上にいじめ、いたぶり、そるはを見せしめることで、集団をまとめていきます。

見ていると、集団心理と恐怖心とはすごく相性がいいんだなと感じます。

どんどん、そのマインド、恐怖心、サディズム、行動規範が伝染していく気がします。

こんな時代に。

見ていて本当にナンセンスだなと感じます。 

僕らはそうならないようにしたいです。(大変だけど、プロだから)

そのためには、戦わないと。

次はサディズムではないリーダーシップについて書きます。

ちゃんと書かないと、勘違いサディスト教師になっちゃうので笑


Feb 14, 2017

怒り by Taro

サルこと太郎です。

こんにちは。

リカルドティッシのgivenchy 退任のニュースは、何だか悲しかったです。

次はヴェルサーチなのですかね。

ヴェルサーチも好きだから、そこでのクリエーションが楽しみなのですが、ジバンシーでの大胆さ、官能性、ゴスのミックスが見られなくなるのは、やはりさみしいです。

人が町に生きる上で、服に何が必要かということがだいたいわかってきた気がします。

ストイックな体
重めの前髪
シャツは上まで止めて
社会人で、
バンドして
街と都会に敬意を払い
ポップさ、ミーハーのかっこよさも理解できた。
アイコンも少し取り入れよう

そんな感じです。

でも、ずっと、
外したらダメかなと思う要素があり、
それは怒りかな
と思うんです。

上手に表現していきたい。

Tattoo ?
筋肉と血管?
大ぶりなピアス
セクシャリティ
ノーズリング?

なぜ怒りなのか。

怒りが新しいクリエーションに繋がるのではないかと思うからです。

いたずらに優位に立とうとする人の弱い部分。

年功序列
男尊女卑
その反対
行き過ぎたフェミニズム
差別
いじめ
暴力
分かりやすすぎて思考をうばう物語
学力信仰
集団意識

それと共犯関係になる

インターネット
話し方
目線、視線
言語、文字
ボリューム
しぐさ
流行
時間
身体

それらのメディアは意識を麻痺させ、いたずらにぼくたちを拡張し、ネガティブな場合、想定外に傷つける。

“「本当に」こんなことが言いたかったんだっけ?”

“何でここまで傷つけられないといけない?恐い”

常にそう感じる。

メディアは人の拡張で麻痺だから

拡がっているから、

すき間があります。

すき間がネガティブに働いたとき、人の弱さがどんどん伝染するんじゃないかと。

わたしたちに、そのすき間を教えてくれる、突きつけるもの。

Tattoo
ピアッシング
血と筋肉
セクシャルアピール
身体にダイレクトに響くファッション
怒り
GOTH

に思えるんです。

それは、メッセージであり、哲学なんじゃないかと。

“おいおい、それは間違ってる”
“もっと知られていないことがあるのに平気な顔してる”
“腹が立つ”
“悲しみ、怯え”
“「ここには」すき間があるんじゃないか”

GOTHが

ぼくたちを問いに引き込み、感じていた閉塞感を取り払い、語りかけてくる
気がします。

戦え

いじめられている人、怯えてる人、深く傷ついている人は、
ただその環境に少し入っただけで、ただ目が合っただけで、その道を通るだけでも、悪循環にまた呑み込まれる。

フラッシュバック
過敏症

良くない麻痺

でも、すき間があるからです。

悪い麻痺、悪いすき間があるなら、その逆もあるはずでしょう?

でも、運良くめぐり合っても、それに溺れてはいけない。

自分の身を滅ぼすかも。

ギリギリのところの綱渡りだ。

病むか
ごまスリか
いききるか

己との戦い。

自分の中に怒りはあります。

世の中に対して
人に対して
いろいろに対して
自分に対して

大切にとっておいて
冷静に使おう。








Jan 15, 2017

スポーツ by Taro

今回はスポーツについてですが、“体を動かすと気持ちいい”というような、フワッとしたスポーツのススメではないです。

ゴス的一人っ子さる君の考えるスポーツについて書いていきたいと思います。

先日、今年の初出勤の通勤で大阪の長居公園を自転車で通った時に、変な光景を見ました。

お正月も早々に、体育会の高校生30人くらいが筋トレを地面でしていたのですが、その周りを、とてもエラそうなおばさん3人が、にらみをきかせている風景です。

腕を組んで、なにかよくわからないけど、けしからん、というふうに。

その画がなくて申し訳ないんですが、いわゆる体育会系のそれを見て、変だと思ったわけです。

もちろん指導者として、良かれと思ってそうなっているのでしょうけど、変な違和感がありました。

必要以上にエラそうというか。

正月から部員達になかなか酷な練習を強いてるけど、あんた、自分は何様なの?ってつっこみをいれたくなるような。

部員が反発したら、絶対に止められないだろうな、、というか。

何でそこまで、エラそうに、また厳しい風にするのかな、それって目標達成や向上の為に、絶対必要なものではないんじゃないか、と思います。

そして、そのエラそうな態度の中に迷いが全然ないように見えます。

そういう場面って、結構ないでしょうか。

上の立場に立った人が、あまり何の考えもなく、必要以上に支配的になる場面です。

小学校では、自分はモテない教師が、モテなさそうな子どもをけなします。

自分は、学力がなかった担任が、学力の上がらない子どもをなげきます。

そういう場面。

そういう場面って変えていくのはなかなか難しいと思うんですが、がんばって変えていきたいと思います。

おかしいし、変だし、いけてないから。

でも、そう簡単にはいかないのは、

麻痺や恐怖心といったものが、無言のうちに人から人に伝染していくからなんだろうと、思うからです。 

必要以上に支配的な人は、いろんな部分で麻痺してるように思います。

変な神話のようなものを、考えもせず、頭の先から足の爪まで受け入れて、迷いなく体いっぱいに表現している(笑)

変な神話というのは、“年功序列”“表面的な学力観”“薄っぺらな公共性”“声のでかいやつが勝つ道徳心”などです。

やっかいなのが、その人は良かれと思って、無意識な表現で、支配的になっていること、だと思います。

麻痺しているから。

逆に言えば、そこまで麻痺させないと自分や立場が保てなくなると感じてるのかな。

かわいそうとも思います。

また、自分はそのように育てられてきて、そのイズムの様なものには何かわからないけど抗ってはいけないという、恐怖心も、そこにはあるんじゃないかな。

そういう指導者に対して、子どもはあまはらなすすべなく、従うと思うし、さらにそきには、集団心理が働くので、またやっかいです。

指導者が、恐怖心と麻痺が故に拠り所にしている、変な考え方に、子どもはあまり抗えず、言うことを聞き、さらに集団心理によって、その子どもが媒介となり、それを伝染させていく。

その方が、ラクだから。

そのようにして、しょうもない体育会系がつくられる。

麻痺や恐怖が伝わっていくというのは、そういうことだと思うわけです。

さらに面白いのは、そんな変な場で語られる言葉は、薄っぺらい聞こえだけのいい道徳ですから、やっぱり変ですよね。

そういったことをつらつらと考えたんですが、対抗策はあるかなって思ったら、反逆精神と、あとはマーケティング(フワッとした使い方ですいません。。)かなあと思いました。

「それはおかしいでしょ!」
という直感に従う素直さと、
その衝動をいかにして上手いこと伝染させていくのかを、注意深く、勇気を持って実践させていくマーケティングです。

今の僕らが問題意識をかかえながら、体を動かすことです。

ジムに行って、腹筋を8個に割ることです。(それぞれの課題)

課題達成し続けて、それで必要以上にエラそうになりません。

トレーニングも服でテンションあげて。

誰か忘れましたが、朝イチで、爆音でクラシックかけながら、ハードウエイトをすると、ハラの奥まで音楽が流れ込んでくると言っていました。

トレーニングが終わったら、いい仕事をするなり、ビールを飲むなり、したらいいんじゃないかと思います。

そういうスポーツ観を伝染させていきたいと、少し考えました。

それは、今の僕らにしか出来ないことなんじゃないかな。






Dec 15, 2016

完璧主義 by Taro

Liveも終わり、ちょっとほっとして、次を考えている34歳、一人っ子、B型のさること太郎です。

Live に来て頂いた方、ありがとうございました!

僕らthirsty も、バタバタしましたが、すごく楽しかったし、またいい経験、勉強になりました。

緊張感があって、言い訳ができない場というのは、本当に貴重です。

その舞台に立てたということが、素直に嬉しいです。

逆に言えば、自分がいかに緊張感なく言い訳をして過ごしてきたかを思い知らされます。

何かを表現するなら、あらかじめ自分の限界まで予防線を張っておかなければならない。

その本番中は、ひとつズレてくると、そこから波及して、また一つ、二つとズレてくる。

そのまま少したつと、ダメになって落ち込む。

その連続だからです。

隙は全くいらない。

そうしないと、話が始まらない。

そう思います。

それは一種の完璧主義です。

テストで100点ばかりとるそれではなく、

何点をとれるかはわからないけど、自分の中の精一杯のこと、モノを1つずつ置いておくこと。

その上で、笑顔で楽しむこと。

ハプニングも起こるけど、ピンチになった時は、準備してきたものがいくらか助けてくれる。

安心させ、麻痺させてくれる。

そうして、またやっていく。

まだまだですが、もっとがんばっていこうと思います。

話は飛びますが、近い将来、人工知能AIによって、今の人間の仕事の約半数がとって変わられることになる。

その時に胸を張って、対等に一緒に仕事ができるようになっていたい。

今年もあと、十数日。

がんばっていきましょう。


Nov 13, 2016

コミュニケーション by Taro

34歳のB型の節操ない、一人っ子、サルこと太郎です。

先生という仕事柄、質の高い授業(コミュニケーション)を求めます。

また、ひとくちに授業と言っても、それぞれの先生にとても個性があります。

だから、その人が展開する授業は、一種の表現活動です。

まあ、毎日30人くらいを相手に、表現活動、ライブアートをやっているようなもの、と言えなくもない。

だからいろいろなことを、前もってだったり、やりながらだったりで考えるんですが。。

質の高い表現の為に必要なことで、
優先順位が高いのが
“手立て”というものです。

例えば、
耳から聞いても、なかなか頭で情報処理されにくい人に対して、絵や図を見せながら話す、

算数などで、リットルやデシリットルなどのかさの概念が、なかなかわかりにくい人を想定して、実際に自身の手で操作できるように、一人一人に容器と水を用意する、
とか、

さらに、興味を引きやすいように、その水に絵の具できれいな色をつけるだとかそういう事とかです。

そういう手立てが、あるのとないのとでは、伝えたいのが同じ内容であっても、全然違ってきます。

それはつまり、授業の質自体が変わってくる。

表現のクオリティが変わってくるということです。

だから、授業を聞く人の感覚はどうなのか、必死こいてさぐります。

目なのか、

耳なのか、

手なのか?

僕の説明よりも子ども同士の伝達の方が効率いい?

厳しめ?情報量多め?少なめ?目線は?何秒視線合わせる?

もしうまくいけば、授業者自身がメディアとならは、質の高いコミュニケーションをとることが出来ると思います。

「メディアはメッセージである」

Byマクルーハン

その言葉の通りに。

その話の続きで、最近思ったのが、、

手を繋ぐってすごいわ。

子ども変わるし、少しだけど、多分確実に。

僕の中でも、何かが確実に変わった。

子どもにとってはどうかはわかりませんが、

僕にとっては、すごく、すごく幸せなことでした。

先生という仕事はたのしいし、何かの勉強になります。

ある意味で。

まあ、別の意味では、すごく危険なこともあるといつも思ってますが。

心の暖かさってあるんだなー
って思いました!

写真はバンドです。
衣装制作中です。






Oct 15, 2016

LIVE by Taro

こんにちは、太郎です。

高井さんがちょいちょい言っているように、12/3(土)にライブします。

場所は、東心斎橋のマダムピサです。

ずっと、アメ村のニューグランジでやってたんですが、今回始めて他の場所でやろうや、ということになりました。

レトロでいい感じの雰囲気で、ビールに合うロックをかまします。

僕らサースティーと、高井さんたちのロサンゼルス、あとなん組か出てもらう予定です。

巷にはあふれてないけど、アングラにおさまらない新しいものを感じてもらえると思います。

まあ詳細報告いたしますので、是非12/3空けといてくださいね。

高井さんたちが、オシャレでいくそうで。

僕らはがっつりインテリでいきます。

ドレスコードはないけど、気合いを入れて。

やってやるぜ。





Sep 16, 2016

バンド by Taro

こんにちは、太郎です。

先生やりながらband〈サースティー〉を組んで3年くらい経つと思います。

高井さんに、いろいろ応援してもらいました。

最初は、、

何かシュミっていうか、

音楽とかオルタナとか、アングラ好きの3人が集まって音出せればいいかなって。

まあまあ音楽マニアだからいけるっしょ~みたいな感じでした(笑)

で、、

全然ダメです。もちろん。

最初のシュミというハードルは越えたのかもしれないけど、やってると、何て言うか、負けばっかり。

曲は作ってるけど、人様に作ってるなんて、恐れ多すぎて、全然言えない!!みたいな。。

だから、つらいこといっぱいっていうか、つらいことだらけみたいな感じでした。ある意味では。

やっぱりメンバーの二人や、少しでも応援してくれる人や、友達や仲間がいてくれたのがすごくありがたかったし、そういう人がいてくれなかったら、すぐに逃げてたと思います。

やーめたって。

それでも、本当に良かったと思うのは、しんどい思いして、まあたぶん好きな音楽をすることができてるから、子どもたちに“がんばれ”って言えるのかなと。

けっこう僕もバカなことやってるよ♪大人でもリアルに大失敗するんだぜ☆って。

だから、いっちょ頑張ってみたら?って。

そういうことが、本気素直に伝えられるのは、とても僕にとっては嬉しいし、ありがたいことなんです。

バンド始めて、水曜深夜のアメ村で音出して、フラフラになりながら、木曜朝出勤してって生活を繰り返して、もっと仕事が好きになりました。

あと何か真面目になった気もします。なぜだか。

クリエーションって本当に大変。。

でもそれが知れたから仕事はハッピー。

でもバンドはまだまだだ!

何となくじゃなくて、本物に。

夢はでっかくがいいんだと思います。


Aug 15, 2016

先生

太郎です。

学校は夏休みで、子どもたちと会っておらず、いつもとは違う抜けたテンションです。

(いつも、抜けてるか)

さて、何年か前に第一次安倍内閣で決められた、教員免許更新制度にならって、僕も更新講習に行っています。

(すいません、偉そうに書いてみました。)

そこで、おもしろいことがあったんです。

大体受講者の8割くらいは、僕と同じ33~34歳なんですが、性別問わずとにかく怖い人が多い。

すごくふてこい。

言葉もヤンキー的な感じ。

“俺・私スレますアピール”がすごい。

(ものすごーく失礼を承知で言いますが、かわいい子とか全然いない。)

僕は、結構ショックというか、大部ビックリしました。

(1・2割しょうもないと思いました。)

だって普段は、皆職場では、生徒に向かって、たぶんだけど、、「笑顔で 挨拶をして ふてくされないで 仲良く 」って指導してるんです。

してないのかな?

それが、自分たちが教室に集められたら、全部逆じゃーん。

で、講師の先生の揚げ足とりをするんです。

かなり強烈に。

文句の嵐。

そこに、しょうもないオルタナ感覚を感じて、ふと考えてみました。

揚げ足とりのヤンキー気取り先生は、教室、教授、一斉講義には、とりあえず反抗のポーズを示します。

そのポーズを示すことにより、私はふつうの公共性からはずれている、というしょうもないオルタナティブ精神を発揮しているのかなと。

だって、そういう人たちほど、職場に帰って、教師になれば、生徒に、公共心やら積極性やら、服従を要求するんですよ。

教師のアンチ精神と、服従精神との間のふかーい溝をみて、オイオイ、それってどういうこと!?ってなります!

きっと、34歳の教師は、思春期にヤンキー漫画を熱心に読んでいたのでしょう。 

もしくは、クラスメイトのヤンキーを、手の届かない存在として、密かな憧れの目で見ていたはずです。

で今、その感情を昇華させていると。。

ちょっと、しょうもなさすぎですね(笑)

まともに考えると、そういう浅い反抗のポーズを取ることで、本当に変えていかないといけない、重大な悪いことを隠していると言えるのかもしれません。

ヤンキー気取りの小声悪口先生を見ていると(その教室には60人ほどいましたが、少なくとも半分はそんな感じ)、多分、皆、普段の職場で、相当いじめられたり、不当な扱いを受けたり、人の嫌なところを多く見せられて、ストレスを感じているんだろうなぁということ。

だから、その人個人が悪いわけではないんだと思います。

教育業界も大部、グレーな暗黙の了解が働いているのだなと。

極端な例が、中学・高校で行われている“部活”です。

子どもに対しても、大人に対しても、とても長い拘束時間で、皆さん、“頑張られている”アレです。

アレはまさに、公共性という仮面をかぶった、暗黙の了解の暴力によってその機能を維持しているものです。

部活それ自体が悪いと言っているわけではないんです。

僕も、高校卒業までバスケットに打ち込んでいました。

システム維持の仕方が問題です。

だからおそらく、誰かが声を挙げて、社会的に影響をもち始めれば、一気に今の部活の制度は崩れるでしょう。

小学6年生の運動会の組体操がいい例です。

1人の大学教授がネットのコラムで、アンチを唱え始めてから、実際に組体操がなくなるまで、ほとんど時間はかかっていません。

(何十年も確固たるものだったのに、無くなるのは本当に一瞬だった。)

問題は、そんなに簡単に崩れ落ちてしまう、努力の美学やら、精神性やら、規則やらに、教育業界全体が必死にしがみついている、ということです。

それは、公共性という仮面の下に隠れた、集団心理を無意識に利用した暴力によってです。

無意識だからしょうがない気もするけど、この国の子どもはまあそれの犠牲になってるよな。

集団心理に教師が立ち向かわないといけない気もするしな。

僕らの中に、公共性をアップデートする意識が必要なんじゃないだろうか。

オリンピックにしても、そんな気がします。

企業CM はあまりにも、アスリートの美しいシナリオを企業理念にむりやりリンクさせすぎじゃないかな。

アスリートは美しいですけどね。

自分の同い年教師連中にみた暴力の連鎖に、ちょっとだけですがアメリカ映画とかに出てくる腐敗した、警察とかの雰囲気がリンクします。

話してみたら、いい人だったりするだけど。。

まあ僕もその一人です。

しょうもないオルタナじゃなくて、公共性をアップデートしていくオルタナが必要なんだろうな、多分。

バンドがんばろー。